略歴

岡本健太(おかもとけんた)

1981年10月29日生まれ

神奈川県藤沢市出身 ※鵠沼(くげぬま)という江の島の近くです

〇湘南学園幼稚園・小学校卒

〇横浜国大附属鎌倉中学校卒

〇湘南高校卒

〇中央大学法学部法律学科卒

〇明治大学法科大学院卒(法務博士)

〇神奈川県庁入庁

・許認可業務、立入検査業務に従事(審査件数は数千件)

・監査業務、予算業務

・補助金審査業務

・知事、議員アテンド業務などに従事

〇主な資格

・採用定着士

・行政書士

〇主な書籍

・中小会社で活用できる「補助金」のことがわかる本(セルバ出版)

「障がい者の人権を守る弁護士になりたい」と思った中2の夏

「障がい者の人権を守る弁護士になりたい」そう思ったのは、中学2年生の夏でした。
きっかけは、地元の駅で助走をつけて電車に飛び乗る車いすの方をみかけたことでした。

1990年代の当時は、今では当たり前の「駅員さんがホームと電車の間にスロープをかけてくれる」といったサポートが見かけられませんでした。
そのため、その車いすの方は、電車に飛び乗らないと電車に乗れなかった。

その姿を見て、「なんで同じ料金を払っているのに、こんなに苦労しなければならないんだろう。なんで電車に安全に乗るという当たり前のことに苦労しなければならないんだろう」と感じ、「こういった方の力になりたいな」といった思いから弁護士を志しました。

司法試験の挫折

弁護士になる志をつらぬき、大学1年生から司法試験の勉強に専念しました。
残念ながら大学時代に結果は残せず、大学院(ロースクール)へと進学することになりました。

大学院では、毎日、判例と条文にあけくれる日々でしたが、努力の甲斐もあって、無事に卒業できました。

卒業後も司法試験へのチャレンジを続けますが、一歩及ばず、10年近くに及ぶ司法試験への挑戦をあきらめることとなりました。

長年めざしていた夢を実現できず、途方に暮れるも、「行政の立場から、障がいのある方の力になりたい」とシフトチェンジし、公務員試験を受験し、無事に神奈川県庁に採用されました。

許認可に明け暮れた県庁時代

「福祉をやりたい」と希望するも、1万人の組織では、希望はなかなか通らず、建設業課へ配属されました。
もっとも、今思えばここでの許認可経験が現在に大変生きています。

というのも、建設業課は、県庁内で最も許認可を扱っているセクション。
毎日、毎日、膨大な審査をこなすのはもちろん、立入検査も数多く経験しました。

ここでの経験により、「役所はどういった視点で審査をしているのか」「どういった事業所を立ち入り対象としているのか」といった役所視点をみにつけることができました。

子供の発達に課題を感じた1歳半検診

その後、異動があり、補助金審査・監査等を経験後、育児休業を取得します。
我が家は、年子ということもあり、夫婦ともども、育児100%の日々を過ごすことになりました。

そんな中、1歳半検診の問診票をきっかけに「うちの子、まだしゃべらないよな・・」と気になりだします。
1歳半検診では「様子を見ましょう」となるも、「うーん。これは早めに動いたほうがよいのではないか?」となり、「療育」という言葉と出会いました。

その後、児童発達支援施設と出会い、受給者証を取得し、通う事になりました。
あわせて、ABA(応用行動分析)、漢方、栄養療法(キレート、グルテンフリー等)、訪問看護、マッサージ等、自費のものも含め、「子供にできることはすべてやろう」と夫婦ともども色んな療育に取組んできました。

障がい福祉業界を支援するために起業

色んな療育に一生懸命に取り組んできたものの、ふとしたことで他の子と比べてしまい、「なんでうちだけ・・・」と落ち込んでしまう日々が続きます(親として恥ずかしい限りです)。

そんな折、「これも何かの縁なんじゃないかな」という言葉を尊敬する方からかけられ、自身の初心である「障がい者の方のために役に立つ仕事がしたい」と思い立ち、県庁を辞め、起業する事を決意しました。

採用定着士を取得

障がい福祉事業者さんと触れ合う中で感じた一番の課題が「人が採用できないこと。採用してもすぐにやめてしまうこと」でした。

スタッフがすぐにやめてしまうと、「利用者も大変困る」「残されたスタッフも疲弊する」「採用経費がかさんで黒字化できない」といった、誰も得をしない状況となります。

だからこそ、「定着するスタッフを採用できない状況を打破しない限り、良質な福祉は継続できない」こういう思いを感じていました。

そんな折、「採用定着士」と出会い、「1人でも多く定着するスタッフさんを増やすんだ」という思いをもって活動させていただいております。